都内の美容外科の一室で、私は25歳の男性を待っていた。彼はその病院で3か月前に目、そして1か月前に鼻の手術を受けていた。中年女性のシワ取り手術を見た時、私は「あそこまでしなくても」と思うと同時に、「若さを取り戻したい!」という執念なら頭のどこかで理解できる気がした。しかし、若い子たちが服でも買うように目や鼻を手術する感覚は、いまだによくつかめない。取材のために用意されたその部屋は、やっと1人通れるような狭い回り階段を下りた地階の、右に折れたつきあたりにあった。半開きのドアから一歩中へ踏み込むと、ねっとりとまとわりついて皮膚呼吸ができなくなるような、重い空気が覆いかぶさってくる。窓のない部屋の三方の壁を埋め尽くしていたのは、大きく引き伸ばした「手術前」と「手術後」の変身写真の数々だった。「すみません、お待たせして」約束の時刻より20分ほど遅れて、彼は入ってきた。Gジャンに黒いタートルネック、デイパックというラフないでたち。学生かな?しかし額にかかる硬そうな黒髪を振り払いながらすばやく詫びを言う様子には、社会人特有の「折り目正しさ」が感じとれた。「写真の撮影が長引いてしまって」。この青年の顔も、壁のどこかに加わるらしい。私の視線は彼の顔の上をぐるぐるさまよっていた。そんなに見てはいけないと思いつつ、視線は手術した部位に行ってしまう。目は大きく二重に変わっている。ちょっととってつけた感じで、顔全体になじんでいない。鼻の変化はよくわからないな…。高くなったというより、形が整ってシャープになった印象だ。実は私は彼を待つ間に、「変身前」の写真を見せてもらっていたのだ。青年は私の視線を気にする風でもなく、すとんとソファに腰をおろした。「なんでも聞いてください、たいしたことじゃないんだし」という、開き直りみたいなものが漂う。私はつい、「顔の手術をするのに迷いがないはずないじゃない」と反発してみたくなる。青年は「東京生まれの東京育ち、ファッション関係の営業をやっているんです」と自己紹介した。「大学生の時って環境が甘いでしょ。自分で稼いだ金で生きてないから。就職してから第一印象が本当に大事なんだって痛感したんです。僕、視力が異常に悪くて目を細めるんで、目付きが悪くなってしまうんです。今ちょうど、転職を考えてるし、手術するのにタイミングがいいと思って」。なぜ、この病院にしたんですか?「メジャーですもん」。怖いという気持ちは?「うーん、正直言ってありました。怪我とか大病をしたことないし。手術前に言ったんです。『怖いんです』って医者に。そしたら、『うちにくる子はみんな若くて健康な子ばかりだから手術が怖くて当たり前だよ』って言われて、やっと怖さが消えました」。自分の予想していたイメージは実現しました?「ええ、かなり」青年はさばさばした調子でこう続けた。「僕の希望は自然な二重。切れ長っぽくしたい、と思って目頭を切開しました。本当は鼻も同時に手術するつもりだったんですけれど、ニキビみたいなのができちゃったから後まわしにしたんです。鼻の方はシリコーンを入れて鼻筋を通して、小鼻を縫い縮めました。実は医者から小鼻の方はやらなくてもいいんじゃないか、と言われてたんですけど、手術室に入ってから『どうしても』って僕からお願いしたんです。貪欲な人間なもんで」。家族には言いました?「別々に住んでいますからね。この間家族と会った時、兄はすぐに『整形したの?』って気がつきました。でもそれだけ。法事で親戚に会った時は、大人っぽくなったとか、『顔が変わった?』とか言われましたけど、『そんなことない』とかムキになって否定すると話が長くなるでしょ。『そうですかあ』って感じで済ませちゃいましたよ。親戚にも2、3人、手術した人がいるみたい。お金も、センスも、性格も、頭も、よいにこしたことないでしょ」と彼は言った。「美容整形は投資ですよ、いつか自分に返ってくるから…」と。職場でのリアクションは?「みんな誉めてくれました。事前に話したから驚かなかったし、『なんでもっと早くやらなかったんだ』って。男友達も女友達も手術に賛成してくれたしね。厳密に言うと、1人だけ反対した人がいたんです。『性格が変わってしまう』とか言って。たしかに暗い人なら変わるかもしれないけれど、僕はもともとあけっぴろげな性格でしょ、どこも変わってないですよ」あなたの彼女が整形したいと言ったら?「醜くなるんじゃ困るけど、美しくなって本人が自信を持つなら大賛成。積極性が出てきますからね。そうそう、さっき性格は変わらないと言ったけれど、前よりもっとスムーズに自分の感情を出せるようになって、人と面とむかって話す時、相手が僕をどう見ているか、気にならなくなった。その意味では変わったと思うな。もし娘が生まれて、クラスで『えんがちょ』を切られるようなへんな顔だったら、やっぱり親の責任としてきれいにしてあげたいですよ。友達でも手術を迷っている人がいっぱいいます。でも、金銭的、時間的な問題がクリアできたらやると思いますよ、僕らの世代に倫理的な感覚ってないですから。アメリカナイズされてるというか。レーガンも整形してるし、アメリカではごく普通でしょ。それより親とか年配の人たちとか、倫理感を持っている人を説得するのが大変なんです。反対されると面倒で。手術はしたいけれど、親のことを考えると気後れしちゃう人って結構いるんですよ」。アメリカでは美容整形がポピュラーだ。手術を受けたアメリカ人は75万人、専門医の資格のない医者の手術を含めると150万件にのぼる(『USニュース&ワールド・リポート』1989年1月5日号)。アメリカの場合は、高すぎる鼻を削る、出っぱった腹を脂肪吸引でへこます、シワの寄った顔をフェイス・リフティングで若返らせる、というように、比較的「過剰なものを取り除く」方向の手術が多い。一方、日本では一重を二重にする、低い鼻を高くする、胸を膨らますなど、「不足分を人工物で補う」手術が主流だ。彼は大学時代、日本文学を専攻していた。好きな作家は三島由紀夫、谷崎潤一郎、向田邦子、林真理子。10年後はなにをしていると思いますか?「できれば…小説で賞をとっていたいな。僕はストーリーものより、出来事に反応する心のひだを書きこんだ小説に興味があるんです」。「美容外科の手術体験なんかいいテーマになるんじゃないかしら」と私が言うと、「そうそう。女の子の整形ってなんとなく想像がつくけれど、男の整形については知りたがり屋がいっぱいいるし、まだ書かれていないテーマだし」と、本気の答えが返ってきた。ここ数年、男の美顔や脱毛エステも流行っている。ちょっとした都市には必ず男性用エステサロンが見られるようになった。毛深い男の子は嫌われる時代だという。渋谷(仮名)あたりを闊歩する10代〜20代のファッショナブルな男の子たちは、不精ヒゲや不潔な長髪などと無縁の生き物なのだ。全国に40店舗を持つ男性専用エステ「エステアップムッシュ」が来店した男性750人にアンケートをとったところ、来店動機のベストワンは「自分がいやだから」で56%、「恋人に言われて」はたったの4%だった。平均年齢は22歳。「エステを誰かに勧められたか」という問いには、「いない」が67%、「友達」は8%。どうやら外見の改造願望は、自分の中から出てくるらしい。男が軟弱になったとか、女性化しているとか言われますけれど、どう思いますか?「ちょっとちがうと思いますね。昔の大家族のおかみさんは生活がたいへんで、着飾ることを忘れてた。けれど、今は日本人全体に余裕ができて豊かになって、プラスアルファを求めるようになったんです。男も力だけでなく、美を求めはじめた。文化度が進んだしるしだと思いますよ。でもいくら豊かだからって、東南アジアでオジサンたちが札束見せびらかして女の人を買うのは生理的に大嫌いだし失礼だと思う」と青年は口をとんがらせて言った。眉間にシワを寄せ、「買うということばは嫌いですね」と念を押した。「けれど豊かになるのは、いいことだと思うんです。お金も欲しいし、モテたいし、美しくなりたい。三流よりも一流の会社の方が、給料がいいのは当たり前だし、そこで得た報酬を自分に投資するのは人間の本能だと思うし。だれだって向上をめざしているんです。よく、豊かなことが悪いみたいに言う人がいるでしょ。日本は他国を搾取して豊かになっているとか、加害者意識でヒステリックに騒ぐ人とか。ちょっとズレていますよね」。
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http://www.clwc.org/information02.html