いざなぎ景気といわれた1968〜69(昭和43〜44)年には、マンションの大衆化のきっかけとなる第2次マンションブームが到来しました。68年の分譲マンションは1万2千戸でしたが、翌69年には2万4千戸と倍増。さらに70年には5万7千戸にも達したのです。業界には、ドッと新規参入業者がなだれ込み、用地の取得合戦は激化しました。分譲価格は低価格化して、それまで一部の金持ちだけが買う特殊な商品であったマンションの一般化、大衆化が始まったのです。住宅金融公庫が70年度から始めた融資も、ブームに拍車をかけました。当時は、いくつかの信用金庫が住宅ローンを細々と始めたばかりで、都市銀行は個人的な融資には見向きもしませんでした。第2次ブームのもう一つの特徴は、マンションの普請の低下をもたらしたことです。ブームのために技術者が不足して分業化がすすみ、コンクリートに関する知識の乏しい孫請け、ひ孫請けの作業員にコンクリートの打ち込みをまかせっきりにしたからです。
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